2009年09月05日

09-09-05
「私たちの銀河系はもう見えません」
暗がりで男の声がした。辺り一帯には無数の渦巻銀河が広がっていた。
Macのマウスで宇宙船を操作している研究者が、斜め前方にアンドロメダ銀河を見つ
け、宇宙船を近づけてゆく。
巨大な銀河の中を凄いスピードで飛んでいながら、その実感がない。
「宇宙にはこのような銀河が無数にあるのです」
男の声が広大な宇宙に漂っては消え、また聞こえては僕の耳から遠のいてゆく。
催眠にかけられたような感覚に襲われ、僕は、いつかしら寝入っていた。
暗黒の宇宙にいながら、なぜか、遠い昔の出来事を思い出していた。
生まれてこのかた、地球での50年間の出来事が、脈絡もなく一瞬にして脳裏を掠め
ていくのだった。

ある夜、犬が歩いていた。
いや、僕が犬となって歩いていたのだ。
花火が河川敷あたりで炸裂する音がしていた。
どこからどう連れられて来たのか憶えてはいないが、僕は与えられた真新しい小屋か
ら這い出ると、見知らぬ人が覗き込んで来た。
四角い顔のシルエットが、暗がりで近づいて来ては、頬ずりされたり頭を撫でられた。
そして、耳もとで「川原に行こうよ」と息でも吹きかけるように言われたのだ。
秘密でも打ち明けるような低い声だ。
そして、地響きと、人のざわめきがする土手の方へと連れ出されたのだった。
嬉しさのあまり、新たな主人の足に絡みついて歩いていると、夏の暗がりが僕の脚に
纏わりついて来てうまく歩けなかった。僕は、路地に覗く火の光を仰ぎ見ながら、ひ
とり、吠えようとした。
「ハァ〜、ハゥ〜」
声が出ない。僕の声が暗がりに絡めとられてゆく。遠くの群衆のざわめきにもかき消
されて、風のようになっていた。思えば、僕は犬らしく「ワンワン」と吠えた記憶が
なかった。生まれつき声が出ないのだ。ご主人さまは気づいているのだろうか。
 僕がもらわれて来たのはそんな夏の夜だった。
posted by setos at 03:40| Voice